どうやら、父は『仙人』であったらしい。山岳会の方々がそう呼んでいたと聞いて、目を丸くした。山岳会の会長から会員宛のメールにこんなことが書かれていた。15歳で山と出会い、81歳まで山と自然を愛しつづけた父を誇らしく思った。会長、会員の皆さま、父はずっとしあわせでした。ありがとうございます。
会長からのメッセージ
Kさん ありがとうございました。
A山の会のレジェンド「Kさん」が1月15日に81歳で逝去されました。謹んでお悔やみを申し上げます。
Kさんは入会№43で、1967年2月の白毛門雪崩遭難事故と1981年12月の黄連谷右俣雪崩遭難事故を直接知っている生き証人でした。
1991年10月に私が入会した頃は、KさんはYさんと2人で丹沢と奥多摩の沢を毎週遡行していました。Kさんと初めて面会したのは、1992年4月の総会だったと思います。総会以降、Kさんは例会に出席されるようになり、6月の丹沢での沢登り講習会、8月の栗駒産女川でお世話になりました。
その後、無雪期は毎週沢登りに誘っていただき、荒川の大洞川流域と滝川流域の沢のほとんどを遡行することができました。当時のKさんは「飲まず、食わず、休まず」を地で行く仙人で、Kさんがリーダーの山行は、Kさんの釣りタイムの時だけ、我々メンバーは休むことができました。
Kさんのおかげで会の沢登りが盛んになり、夏山合宿で1995年奥利根本谷、1997年黒部上の廊下、1998年南アルプス赤石沢を遡行することができました。
2004年頃から若い会員が結婚や家庭の事情で山を離れていく中、Kさんの山登りのペースは変わらず、最多山行賞を取り続け、山の会を支えていただきました。私のKさんとの最後の思い出の山行は、2009年の春山合宿「城郭朝日山~会津駒ヶ岳」と秋山合宿「農鳥岳~池ノ沢池~二軒小屋」です。私とKさん2人だけの合宿でした。
Kさんは、2023年5月21日の岩登り講習会が最後の山行、6月14日の第一例会が最後の例会となりました。我々会員を暖かく指導していただき、ありがとうございました。
2024年1月25日 A山の会会長 H
山岳会の方々がたくさん線香をあげに来てくださった。お酒を飲みながら、たくさんの思い出話をしてくれた。笑い話あり、警察とのいざこざ?!あり、驚愕の話あり。父とさよならをしたあとに、わたしが知らなかった『山が大好きな父』を知ることができた。いまも、この時間を思い出すと涙があふれてきてしまう。母も聞きたかっただろうなぁ。
長い間わたしは、父を『血のつながった同居人』と考えていた。会社と山だけの時間。置いていかれる母とむすめ2人。ずっと母子家庭で育ったと思っていた。理解できない、納得がいかないことがたくさんあった。しかし、山岳会の皆さんの話をたくさん聞いて、父がいなくなって初めて『わたしの父』になった気がした。わたし自身が父の生き方を知り、尊敬できたからのような気がする。
山岳会の皆さんには、心から御礼を伝えたい。また遊びに来て下さるそうだ。これからも細く縁がつながっていくといいな。
ありがとうございます。
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